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ブラック・ファクトリー潜入記 第1章その3

 【03//2013】

出発日当日。
奄美は雨。
というか、1ヶ月くらい曇天続きでした。

夕方になり最終的な身支度と長期に渡り家を空ける対策を済ませて
いよいよバスに乗って出発。

荷物は最低限の着替えを詰めたスーツケース一つ
シトシト降る冷たい雨の中、近所のスーパーを横目に歩いた光景をハッキリ覚えています。

その時、この奄美の疲弊した風景は絶対に忘れまい。
と、心に誓ったのも強烈に覚えています。

くたびれ果てたバスの車内も寂れた気分を盛り上げます。

そして、船に乗るために待合所へ
ドンヨリとした空気は凄惨を極め
お世辞にも綺麗とは言えない寂れた待合所と相まって
さっさと脱出したい気分は頂点

それは船に乗っても変わらず、結局
鹿児島の駅に付くまでは、80年台の米国や英国の地方そのものの感じでした。

それは今までも更に加速しています。

そんなドンヨリとしたグレーな奄美との対比は、
新しい鹿児島中央駅
更に新しい九州新幹線に乗った時点で完全に頂点。

まさに、色のついた世界に来たような感じで
ここまで強烈だとは思いませんでした。

奄美の経済的なレベルは全てにおいて10年は遅れている感じるほど
鹿児島でコレですから、神奈川だと・・・
それは後に追々と書きますが、鹿児島の駅で派遣の担当者と初対面

今風のタイトなスーツを着込んだスリムな若いサラリーマン風の男
駅構内のカフェで待ち合わせ
その後、今回派遣される同僚たちも到着

互いに軽く自己紹介した後に
新幹線のチケットを渡され、鹿児島から佐賀経由で長崎へ出発という段取りの説明

担当者は同行せずに
自分と同僚のN君、S君の3人だけで長崎へ行き
そこで更にもう一人と合流

長崎で一泊し
次の日の朝、長崎から飛行機で羽田へ行くという説明

んで、この新幹線を待つまでの時間がなんとも言えない感じで

自分は離島の奄美から電話のみで面接したので
派遣の担当者と初対面ですが、他のメンバーは鹿児島で面接を経てるので
色々と話しているのですが、まあ上辺だけの会話

自分は底辺の現実を観察する覚悟で来てるので
完全に俯瞰した視点で全てを見ていますから
派遣労働者の必死な姿勢や、担当者のどこか見下してるような
そんな心理状態を容易に察知し、あえて距離を置き
新幹線の改札機前のロビーでの時間を過ごしました。

そうこうしてるうちに新幹線が到着

担当者がリーダーに任命した若いN君に
新幹線から在来線への乗り換えポイントやら色々と段取りを教えてますが
このN君がオドオドした大人しいヤンキー系というか
どーも頼りない感じ

まあ、大丈夫だろうと
新幹線の席に座り新幹線は出発。
その乗り心地は糞みたいな奄美からのフェリーとは雲泥の差
まさに空を飛んでるような乗り心地に
これから向かう底辺労働とのギャップに増々違和感

窓から見える阿蘇の山並みにがやたら美しく
その奄美と本土、底辺と上流社会
そのギャップを妙に強調しているようで印象的でした。

バイク雑誌を読んでいる間に佐賀へ到着
佐賀から在来線への乗り換え時に

初めて同僚同士軽く会話を交わしますが
トーゼン自分が一番の年配

N君、S君共に20代
んで、移動中のリーダー役のN君ですが
鹿児島の大隅半島の出身

このN君
容姿はホスト風のチャラい感じなのに
訛りが相当あって、解読不能なほど
ハッキリ言ってオドオドしてるのは、鹿児島から外に出るのが初めてで
緊張してるのが丸わかり

S君は同じような若い感じですが
どちらかと言うと落ち着いた感じ

で、まだ不明な待遇や経験者の自分が工場労働について
質問され答えている間に列車が到着

長崎へ向かい、長崎へ到着の際
軽く事件が発生

緊張したN君が自分へ長崎駅の一つ手前の駅での待ち合わせを伝えず
一つ前の駅で降車

自分は長崎駅で降り、携帯で連絡し合流という最初からハプニング
このN君は後に色々と似たようなトラブルを起こします。

そんなわけで、長崎駅で新しい担当ともう一人の同様Y君らと合流
ミニバンに乗り会社へ。

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ブラック・ファクトリー潜入記 第1章その2

 【07//2013】

届いた封筒は会社名の入ったデカイやつ

なーーんかやけにマトモすぎる感じに違和感を感じながらも
封筒を開けると、

カラー印刷された綺麗な紙の会社案内パンフレット
会社の沿革やらが書かれたモダンなそれっぽいやつ

ちなみに配属される会社のパンフでなく
雇用元、ようは自分が所属する会社のパンフ
配属される場所は後に連絡するとのこと

そのパンフの会社は九州でそこそこ歴史のある
そこそこの規模を誇る工業系の会社

こんな会社の正社員として雇用なんてありえねーと
完全に違和感を抱きながら
色々と案内の資料やらがあり読んでいると

一応、正社員(あくまで所属する会社のという意味)で雇用され
後に配属される場所は決定されるということ
つまり、

正社員として所属する会社は
あくまでもパンフの会社
九州の会社で
実際に配属される場所は様々ちゅーこと
(この時点で、それが自分の中では派遣だと思っていた)

その配属される場所が決まったら連絡するとのことでしたが
概ね神奈川の大手メーカーの開発部門か新興部門で
色々と下働き的な仕事をやってもらうことになるだろうとのこと


そんな感じで数日待っていると・・・

携帯へ着信があり
何やら配属される神奈川県の担当者らしく

整備は得意か?など色々と質問
まあ、キツイところへ行かされるのもアレなんでテキトーにはぐらかしつつ
かつて腰痛持ちだったコトなど
半ば断るつもりで、ラクな場所への配属をアピール


まあ、ダメだろーな

と、数日待っていると

今度は別の担当者から連絡
「トルクレンチは使えるか?」
とか聞いてきて
「あんなの使えない奴のほうが少ないだろー」とか思いつつ
テキトーにはぐらかしてると

一応、神奈川県平塚市で大手企業が
新製品を試作する工場がるので、そこへ配属されるとのこと

で詳しい出発の日取りなどを調整

その後、更に鹿児島の担当者?(そんなのいるんかい)
からも連絡があり

当日の段取りをすることに

旅費は会社が負担するので
当日、向かう際は使用した交通手段の分の領収書を貰うようにとのこと

当日は何名か鹿児島の駅で合流し神奈川県へ向かうらしく
自分は奄美なので、船でアプローチ
なので前日出発となり
その辺も把握

で、当日まで待機となるわけですが
そこで更に細かい条件を確認

一応、寮はタダ、光熱費もタダ

通勤はレンタカーでタダ

赴任旅費も全額負担するとのこと

それなら、ということで自分の中でOKを出し(実は最終的なOKは出していなかった)
担当らと作業着のサイズなどを打ち合わせて
ようやく、赴任体制が確定

当初は愛知県ということだったので応募したのですが
途中から神奈川県へ変更となり
正直、放射能の問題などあまり気が進まず
いつでも断るつもりで、条件交渉したら
なんとか希望通りの条件交渉が成立したので
半ば仕方なく赴任ちゅー感じになったのでありました。

ちなみに
給与面での条件は

まあ基本的には時給1200円 
残業時 1400円

夜勤時1350円
夜勤の残業時1500円

という感じ。

まあ、正直微妙でしたが
土日休みだし、奄美では絶対にない待遇なので
決めたわけです。

そんなこんなで、いよいよ出発当日を迎えました。

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ブラック・ファクトリー潜入記 第一章 その1

 【29//2013】

さあて、そろそろ身も心も削りまくったブラック・ファクトリーでの顛末にも
ようやくケリがつき
主目的であった社会見学の成果を編纂しようかと思う次第

その表現、発信方法については色々と検討した結果

やはり、まとめやすさや
いつでも誰でも気軽にタダ(コレ重要)で見直せる
アクセス性やアーカイブ性を考慮して
このブログ上でマヌケに綴っていくことに決定。

つーか、本にするほど大層なもんでもないし
本にするほどのコトはもっと他にも出てきそうな時代背景
今後もアクティブに動く予定なので
10ヶ月に及んだブラック・ファクトリー潜入は
この慣れ親しんだクソブログ上がお似合いというワケ

ブログも書いてたのに振り返る必要があるのか?
という疑問も湧こうかと思いますが
滞在中には書けなかった事柄を
できるたげ詳細にアーカイブとして残すのが目的なので
その辺もご理解のほど、よろしくお願いします。


そんなわけで本題に入りますが
ちょうど一年前の出来事もあるので
なるべく時間をかけじっくりと綴っていく予定なので
その辺もご容赦願います。

それと不定期で更新するので、
新たに新設した潜入記専用のブログテーマから
記事をまとめて読むことを推奨します。


第一章 【時代の最底辺へ】

2012年1月の奄美は毎日分厚い雲に覆われ
さすが日照時間が日本最低の島らしい
鉛色の悪天候が続いていました。

ドンヨリと雲に覆われているのは天候だけでなく
社会も同様
島民の生活はここ数年見るからに悪化

幸いそれを数年前に察知し
曲がりなりにも自立した環境を構築できた自分は本当に幸運です。

その幸運な身分を活かし
絶対的な貧しさはあるにせよ
相対的に恵まれた視点で社会を俯瞰していた日々も
些かマンネリ化というか
奄美同様に行き詰まり感が出てきていた頃

かの巨大な大震災があり
そんなマンネリ化を打破するために
バイクによる旅行を計画していた自分は
その資金をすべて義援金へ投入

まあ、生活する分には大きな問題はなかったのですが
趣味的、文化的、社会的な方面での
行き詰まり感は益々もって高まり
2011年末から2012年にかけ
趣味的な資金作りを兼ねた社会潜入計画を立案することに

当初は福島県での復興関連活動に潜入する予定でしたが
リスクとリターンのバランスを考え
結局、製造現場への潜入に決定。

そんなわけで、この潜入記は
そんな時代の最低辺へ応募する顛末
その辺から語らねばなりません。

2012年1月初頭
復興関連の求人への応募へ見切りをつけた自分は
ハローワークの端末を操作し色々と求人を検索していました。

奄美の名瀬のハローワークは小じんまりとしていて
求人検索の端末もあるのですが、利用者はほとんど皆無

ほとんどが壁へ掲示されていたり
ファイリングされてる地元のショボイ求人目当て

そのショボイ求人は本当に酷いもので
自分が曲がりなりにも自立するきっかけとなった
ありがたい存在。

だいたいが時給にして650~700円くらいで
労働条件も悪い方に激アツ
フツーに生活保護貰ったほうがマシなレベル

そんな酷い状況は追々話すとして

端末で検索するんは製造現場のお仕事
とりわけ、短期でラクに稼げそうなお仕事

内容的には軽作業系で夜勤ナシの土日休み


離島なので面接には当然行けないので
郵送応募で赴任旅費は負担
寮費も光熱費もタダ

ちゅう条件で探索開始。

でもねえ

コレがナカナカ無いのですよ。

いや、あるにはあるのですが
書類応募が不可だったり、ヤング向けだったりと
色々と難航

そんな折、派遣の手配師を知ってる
胡散臭い知人を思い出し久しぶりに電話

胡散臭いと知りつつも
条件を話すと

「あ、おっけ~!フツーにあるよ」

「んじゃ、先方に連絡して資料送らせるから住所とか教えて」

となって

連絡先を教えて数日が経過した頃
自宅へ一通の大きな封筒が届きました。

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