もはや在り方そのもの

欲望渦巻く社会システムが行き詰まり
音楽という存在自体も形骸化してきた今、パンクとは?

この問いに対して
8年くらい前から朧気ながら見えてきた答えが、確信的になってきました。

この物心ついた時に感染した病のような音楽ジャンルでは括れないパンク・ロック。

社会システムに対するカウンター・カルチャーの一種といえば簡単ですが
そうであるならば、パンクは自称してる通り益々もって音楽ジャンルでは括れない存在
というか、早い話が音楽云々は伝搬手段であって一切関係ないですよ。
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ブラックフラッグのヘンリー・ロリンズも言ってますが、
そいつがパンクと思えばパンク。

思想でも宗教でも無いんですな。定義も一切関係ナシ。完全に自由。
演歌だろうがゴスペルだろうが、そいつがパンクと思えばパンク。
なんなら演説や朗読、絶叫でもOK。

元々が様式や定義に則った他ジャンルと違い
その定義は完全に自由なのですが、誰が作ったか知らず知らず
それなりのスタイルは自然発生的に出来上がり、色々と便宜上細分化して今に至るわけです。

じゃ~んと歪んだギター鳴らしたり
ツービートで突っ走したりとか
人間は感情の生き物なんで社会システムの不条理に対する怒り等を
音楽教育を受けてない労働者階級の若者達が表現すると
必然的にノイジーかつ直情的な表現手法に行き着くのは至極当然なわけでして
まあ、それも完全に自由なパンクの視点を俯瞰して見れば音楽という小さな単位でのお話。

それこそ楽しめるルーツな音楽は沢山あるんでパンクがやる必要はナシ。

これだけ音楽というか、芸術活動自体が商業化されシステム化された今こそ
パンク・ロックは音楽から関係ない存在になれると踏んでおりまして
まあ、実際にそんな連中は自分も含め色々と在野に存在しています。

そういう腐敗しまくった既存のシステムに対して
カウンターアクションを起こす連中がウゴウゴとやるための媒体。

それがパンク。

なんで政治や宗教や芸術など必ず定義や様式がつきまとうそれらとは完全に異なる
新たな地平線に立てると踏んでおりまして

決まり事が無い分。ラクもラク。
音楽が廃れるなら尚更パンクは輝いてくると思っておりまして
既存や過去のパンク・ロッカーは肯定的な意味でのアイコンみたいなもの。

各人を繋ぎ合わせるね。

そこから各自DIYで自分にできるパンクなアクションを自由自在に掘り下げる。
その姿勢や態度、在り方こそがパンクなんでしょうな。

最近、それが益々確信的になってきました。
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