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見学にあたって

 【03//2017】

歴史というのは断続的なもので、はい、ここまで。
なんて区切りはあの戦争でも曖昧で日常の連続だったのは昨年公開された
アニメ映画や原作の漫画などでも描かれてるとことろです。

権力の横暴というのもまた、日々繰り返される日常の延長の中で
ジワジワと実感無きまま進むのもの
特に民族的な同調性が高く無思考な国民性であれば
尚更、その実感というのはより掴みにくいものになっていきます。

いつものように空虚なバラエティ番組やCMを見て
労働に励みながら画一的なコンビニやスーパーやファストフードなど
チェーン店で消費をする。

そんな無思考で惰性的に流れる一見平和で便利な永遠に続くような日常。
その錯覚の中にこそ、搾取も含め国家権力が猛威を振るう隙があるのです。

民主主義という制度もある程度考える国民性なら機能もしますが、
そうでないと単なる全体主義の苗床にしかなりません。
それを狙ったのが一連の選挙制度改革であって

無自覚で無思考で自分の生活や安い利害や安定のためにベターな選択をしてると
気が付けば主権者たる国民を通り越した、強権的な国家が先に立ち
愛国的なカルト宗教を背景にその触手を拡大していた。なーんて状況がまさに今。

その先にあるのは、今度は国粋主義的な熱狂であり、民族主義的な自画自賛。
そんな過程の中にある象徴的イベントの一つが五輪。
それは自国が周辺国に比べ相対的に貧しくなればなるほど顕著になり
そうなると歯止めが効かない弾圧的な状況まであっという間に行く可能性は歴史を見れば明らか。

そのメディアから全てコントロールされた状況の中で
意図的に隠された変化の予兆を汲み取れるのは、やはり日々の思考です。感覚です。
ですが、なかなかそれは普通の人には期待できず
今や思考の果てに各種権利や政体を獲得してきた欧米ですら
”思想や権利より生活”とばかりに国家主義的な内向き志向へ急旋回してる状況。

再三言ってる見学という意味は、ポジティブなものでなく
反省せず同じ過ちを繰り返す無思考な国民性に身をもって教えるという、
どちらかというと、学習より躾に近い消極的なもの。

戦前へ回帰しようとする日本の権力者は
何よりも惰性的に続く同調の果てにある、その無思考を苗床に
国粋主義的な国家の復活を目論でいるのです。

見て考え学んでくれれば見学の意味も多少はありますが、そうでないのなら
動物を反復的なアメとムチで躾けるような状態になります。

それは悲しい状況ですが、今まさに現在進行系でそういう状況にあり
見学する以前に”考える”ことを強く推奨しますし、
やはり、そこから全てが始まるような気がします。
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Category: 時事・政治・経済

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