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 【05//2016】

未だ21世紀になっても宗教上の教義という束縛からは逃れられません。

宗教改革で聖俗分離、ようは政教分離を果たした先進国でもそうです。
o-IN-GOD-WE-TRUST-570.jpg
それは今やGODのように崇めてるドル紙幣にもしっかり刻まれておりまして
欧米のような宗教改革を経た先進国ですらそうなのですから

未だに聖俗一致なユダヤ教やイスラム教なら、教義は絶対で不変なのは当然。

従って、キリスト教を軸にした欧米などの資本主義が先鋭化した文明社会と衝突するのも必然。
それは”新たなジハード”と”テロとの戦い”で証明されてる通り。

その最中で日本や中国やアジアやロシアは上手く折り合いを付けてきたのですが
今や国教のない日本はおろかキリスト教がメインのロシアですら、
先鋭化するグローバル資本主義の流れに抗えず
本来は中立的で関係ないはずの中東にまで介入する始末。

相手が宗教上の教義を変えられないなら、自分たちで距離を置けば良いだけで
そんな折り合いを実に上手くつけてきたのが、国教なき政教分離の戦後日本。

そんな最大の利点を自分から捨て、カネだけじゃ尊敬は得られないからと
リスクに比して得る物は超少ないのに
わざわざ宗教戦争の狭間に立ち、テロの標的になり
解釈も含め改憲し、セコい介入までしようとしてるんですから、ホントに勿体無い話です。
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Category: 時事・政治・経済

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