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 【23//2016】

今、聴いてるユーミンのLPから動物の交尾まで
物質の最小単位である素粒子論で、宇宙の果てから起源まで
その構造やメカニズムを説明できる時代が、もうすぐそこ。

なのに、世界は今や内向きな野生的利己に溢れてるわけで
その野蛮化する時代。何故、哲学的な思考が必要か?

選挙演説に負けないよう、できるだけ簡潔&詳細に述べて
思考のコーヒブレイクといきましょうか。

さて、物理学の世界では
スクリーンショット 2016-06-237スクリーンショット 2016-06
ボース統計によるボース素粒子ちゅうのがありまして、
その素粒子間の相互作用を伝達するのがゲージ粒子。
光子(フォトン)、ウィークホゾン、グルーオン、未だ未発見の重力子
その4つの素粒子による基本的な相互作用によって
蟻ん子から宇宙の果てまで万物は構成され、もはやプログラミングと呼べる法則に則り、
この全宇宙は存在してるわけで
いよいよ、大統一理論や、その派生の超弦理論や、M理論などの仮説が実証され、
その万物構成プログラムの全貌が解明される時が、いずれ来るやもしれません。

ですが、そんな素粒子の有機集合体による運動現象でも
動物の野性的にプログラミングされた条件反射による運動と
人間が意識的に行う運動

同じ運動でも、人間の意識を媒介するのと、しないのとでは、
天と地ほども、大きく”意味”や”意義”が異なります。

同じ声帯を震わせて歌う人間の歌と、動物の発する声とでは
最小単位の素粒子に端を発した、有機物質が運動するという、物理学的な意味は無論、
有機生命体が声帯を震わすという、生物学的な現象という意味でも同じですが、

意識や感情、もっと言うと、それに伴う”社会”を媒介にした哲学的な現象として見ると、
動物の発声と人間が歌う意味が、まるで違うのが理解できますよね?

仮に、お互い種の繁栄、
ようは、発情を目的とした野性的な発声であってもです。

意識やそれに伴う文明の中で生きる人間と
プログラミングされた条件反射のみで生きる動物とでは
同じ現象でも、その持つ意味がまるで異なります。実に当たり前ですが。

それが、苦役による悲哀など社会的な境遇を表現する歌だったりすると
動物にとっては何の意味もない物理現象でも
人間にとっては、もう完全に哲学や社会学的な意味をもってきます。

すなわち、意識を介して”意”を意義や意味として汲み取れる人間。
それだけが行う、主体的な文化活動の萌芽ですな。

さながら、シュレーディンガーの猫
のパラドックスのように、人間の意識を媒介にすることで
万物を構成するプログラミングコードや、それに基づいた有機生命体による事象も
意識を持つ人間が主体であると、相対的、
ようは観測的な意味が違ってくるわけです。

動物には何ら価値を持たないGOLDと呼ばれる金属の塊が、
一文字抜いてGODと呼ばれる神の如く崇拝されるのも、人間なればこそ

それこそが人間が人間たる、意識や感情や思考や
それに伴う理性や知性の証左であり、人間という種においては、
素粒子より最も重要な構成要素であるといえましょう。

そう考えると、人間が人間であるのに最も大事な哲学的な思考や
それに伴う社会を軽視し、利己のみを追求する行為が、
如何に浅はかで動物的であるか?よく理解できますが、この場合は動物に失礼。

利己的な縄張り意識を持っていても、予めプログラミングされた条件反射により、
障害を持つ弱い種や存在を問答無用で自然淘汰する動物のほうが
余計な感情や意識が媒介しない分、合理的ですし
その縄張りも、ヘンな医療技術などで1世代が独占しないので
一定の時が経過すれば自動的に世代交代し、
有限で貴重な自然資源を種全体で共有しています。
種の存続サイクルを持続可能な範囲で自動的に維持する動物のほうが、
種の繁栄という観点では遥かに賢明。

つまり、人間特有の意識の先にある、文明及び哲学的な要素を排除すれば
ゴキブリのほうが種の繁栄を継続する分、より秩序的で高等な生物という結論に達します。
(逆説的に言えば、それがあるから人間は消滅する。とも解釈可能)

そんな、人間が人間である根源的な意味を持つ”社会”を軽視し、
強欲で野蛮な利己意識を肥大化、先鋭化させて富や資源を独占しながら

方や、それからあぶれた弱者は社会に頼らずに、家族で支え合え!

という、美しい国のような主張は、
人間が人間たる根源的な幸福追求や哲学的意識を確信犯的に無視しつつ
種の繁栄すらも不可能なほどに利己を最大限にまでむき出しにした、
もはや後先考えない野性以下な、実に愚かな主張である。
と、
多少の知性があれば理解できるはずです。

文明の発達した人間の到達点がコレだとしたら
この偉大なプログラミングコードを書いた存在は、余程の皮肉家ですな。

知性の到達点が富の独占なら、その種は淘汰されて然るべきですし
現に美しい国は、その歴史で初めて種の数が減少に転じています。

本当の知性を持つ存在なら、その知性を富の独占ではなく共有へ向かわせるはず。
誰より己のためにも

一部の特権階級が富を独占するのは、共産主義でも資本主義でも同じで
もはや程度問題ではあるのは、素粒子論以前に明らかになってきています。

富の総量を公正に分配し、その幸福の妥協点を見出すのが
知性ある人間という種の課題であり、
場合によっては富の総量すらも、開発的なフロンティアにより増やしていく。

それが、文明により資源の量を調整できる人間という種の存在意義でしょう。
EUなどの国家を超えた共同体も
それが共通的な理念として共有化されてたと思うのですが・・・
まあ、実に世界は内向きな動物化で嘆かわしい限りですね。

どうです?

運命の投票を前に
人間が人間である意味と愚かさの一端が伺えましたかな?

何?解らない?

ある意味、そのほうが
どっかの総理大臣やその臣民らのように幸福かもですな(笑)

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Category: ハードコア・ニート

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