さて、思考停止した時代を横目に
ハードコアなニートによる思考と人間性のリブート作業。
今回も好き者のみ、しばしお付き合いをば。

前回まではユダヤ、イスラムとセム族由来の世界宗教の系譜を軽くなぞりましたが
今回からは、いよいよ世界最大の信徒を誇り、多方面で絶大な影響力をもつ世界宗教。

キリスト教のアウトラインをサラッと掴み、例によって思考の手掛かりにしたいと思います。

ユダヤ教やイスラム教は、預言者が神と交わした契約。
”律法”を基軸に据えた聖俗一致の世界宗教であり
資本主義や民主主義など、現代社会との折衝に苦心し、
現在進行形で異教徒や異世界と対立してるのは、前回までにおさらいした通り。
キリスト教も旧約聖書の時代では、ユダヤ教やイスラムと同じ神を崇拝し
”律法”に重きを置くセム族由来の宗教の系譜にありました。

しかし、新約聖書では
選民思想に凝り固まったユダヤやローマ帝国の堕落に
神(キリスト教徒ではゴッドやエホバと呼ばれる)が憤怒。

処女懐胎した聖母マリアから神の子イエスキリストが生まれ
洗礼の後、”律法”に対する新たな”契約”と呼べる、
”福音”それを説くという新たな教えが、神からイエスへもたらされたという次第。

完全に選民的なユダヤ教は無論、
割礼をしない者へは教えを行わないイスラムとも違い

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このイエスによる山上の垂訓に象徴されるように
異民族へも積極的にその福音を伝えようとしたのがキリスト教でして
前述の通り、神とユダヤ教が結んだ古い契約に対しての新しい契約。
それが”新約”と定義される、イエスキリストにより開祖されたキリスト教。

その福音は当然ながらユダヤ教の律法学者らは無論、
当時は多神教であったローマ帝国による弾圧を受け
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使徒と呼ばれる弟子ですらも信じなかった福音

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そのローマ帝国の弾圧に対しキリスト自身が
人類の罪を背負ったとされる公開処刑により、非業の最期を遂げますが
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その後、奇跡的な死者復活。
懐疑的であった使徒にも福音を確信させ
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再び福音を広めるよう説いた40日後にイエスは昇天。

その福音による教えは、とうとうローマ帝国にまで及び
キリスト教はローマ帝国の国教となり、現在まで続く世界宗教となった。

それが新約聖書に始まるキリスト教のホントにざっくりとした経緯ですが
キリスト教は度重なる神学論争や不可解な三位一体論など
その後も様々な分派や変容を遂げ、現在へ至ることになります。

さて、冒頭から大事な核心を突く確信犯的な脱線をしますが
日本ではミッション系の学校は膨大にあるのに、何故か歴史的に信徒が少ないキリスト教。
過去には踏み絵?による弾圧などに代表されるように
理解も馴染みも薄い世界界宗教ですが、その概要でも掴んでないと
道徳や正義に代表される、人間の根源的な問題に対する思考を奪うことになります。

別に有神論者になれとは言いませんが
その哲学的、宗教的な不感症は、
自己とは何か?神とは何か?正義とは、道徳とは何か?
同じ多神教なローマ帝国でも行われた
そんな人間の基本である哲学的な自己思考をしてこなかった結果である。
と、確信していて

曖昧無垢なシャーマニズムを内包した多神教や、天皇を頂点とした統治機構、
それに儒教や仏教的な価値基準が曖昧に入り乱れ、民族的に思考停止。
黒船による強制的文明開化期には、道徳的な規範を哲学的な自己思考ではなく
天皇を頂点に据えた新興宗教による帝国主義システムへ
一足飛び置き換えた結果(哲学的な核がないのでそうするしかなかった)
あの制御不能で凄惨極まる暴走を生み
それが民主主義の今でも奥底で続き、新たな回帰が渦巻いてるという次第。

前述の通り、同じ多神教なエンパイアでもローマは自己思考し哲学を萌芽させました。
そんなキリストを迫害したとされるローマにも伝搬し国教となったキリスト教。

神学論争の末
カトリックは聖俗一致の旧約聖書とは違い
「神のものは神へ、カエサルのものはカエサルへ」のフレーズに代表されるように
世俗の政治権力に対して、ローマ教皇庁を対峙。
いよいよ政治的にも聖俗分離を明確化させたわけですが

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十字軍に代表されるように
イエスキリストを殺したローマがイエスキリストの名の下
異教徒に対して堂々と迫害を行うようになったのは、歴史の皮肉ですな。

このローマ教皇庁による聖俗分離により西欧は他文明社会と違って
同じ封建世界でも多元的な近代社会の地ならしが進み、後に独自の文明を構築させるに至りました。

そんなキリスト教も中世16世紀になると
更にルターらによる「宗教改革」が行われ
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教会や修道院が独占していた信仰の道を、より世俗へ解放。

日本では勘違いされるのですが、これは自由主義的な改革ではなく
修道院らが独占していた禁欲的な信仰の道を
より世俗へ広める意図のもとに行わた改革であって、
禁欲的な信仰の道を否定するではなく、より世俗社会へ都合良く適合させようとした結果であり、
現在へ続く結婚制度などがその代表。
(それにより、世界的に道徳的な矛盾を産んでるのは、文春文化でご存知の通り(笑))

ようは信仰の大衆化ですな。

多くの民に信仰が解放されるということは、当然それにより、多くの解釈。
すなわち、多くの分派が派生します。

カトリックはマリアやサンタクロースは崇拝しますが
プロテスタントは違ったり、
まあ、色々とややこしいのですが、その辺は大割愛。

兎にも角にも大衆化を果たし、宣教師たちによる布教も伴い
そのイエスキリストの福音に連なる教えは全世界的に伝搬。

現代社会へ都合良くアップデートされていき、世界最大の信徒を誇る宗教に至るわけです。

その聖俗一致のユダヤ教やイスラム教とも違う
完全に聖俗分離というか、今や政教分離を果たし
良くも悪くも大衆化した宗教の下では、資本主義による富の独占は無論。
あらゆる近代的な価値観も都合良く合理的に内包され、
日々、新たな対立軸を生んでるのはご存知の通り。

その辺のお話は、仏教やらヒンドゥーやら儒教やらやった後
新たに掘り下げるカテゴリーである政治思想や経済論にも絡んでいるので
今日はこの辺で

どうです?このキリスト教の基本を抑えるだけでも、
思考停止な時代を読み解く、ちょっとした手掛かりが掴めるでしょう?

掴めない?そりゃあ宗教ですら
思考を忘れた美しい国ではしょうでしょうな(笑)
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