さて、不起訴大臣からホラッチョ危機で増税延期する首相まで
思考。これすなわち、徳なき時代が全開。

今日もハード・コアなニートの人間回復の旅へしばしお付き合いを。

今回も最初に言っておきますけども、
哲学なんて今でこそ諸分野に分別され体系化されてますが、
我ら現代人がそんなもん個別に掘り下げたところで
クソめんどくさいだけですし、大きな意味はないですぞい。

過去の賢人らが試た、禅問答にも似たクソめんどくさい試行錯誤の果てに
獲得した絶対的な”真理”など、存在しないのは言うまでもナシ。

そもそも哲学というのは、前回も言った通りあくまでも主観的なもの
せっかく書物や記録技術の発達した時代に生きる我らは、
その概要だけをつまみ食いしながら思考の手掛かりにするだけで十二分。

そんな死ぬほど思考した哲学史実の系譜の中で、
クソめんどくさい同じ思考を再びする必要はナシ(趣味としてはアリかもですが)
それこそが過去の哲学を、今も活きた存在にするでしょう。

さて、現代人の我らはさっそく
その概要をほんのサラッとなぞりながら、思索の手掛かりを探すとしましょう。

前回までは脱線しつつ、イスラム社会における哲学的な影響までを
ほんとサラッとなぞりましたが、
その後、イスラム社会からアリストテレスらの哲学は
哲学不毛の地であった西欧にも伝搬。
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アウグスティヌスによる神学を経て、
キリスト教のカトリックは、現在のローマ法王まで続く組織体制を確立した後、

教会の脇でスコラ哲学が萌芽。

スコラ哲学ちゅーのは文字通り修道院のような学校(スコラ)で思索された代物でして、
イスラム社会同様に信仰と理性の狭間で揺れたわけですが、
初期のエリウゲナの
「真の宗教とは真の哲学であり、その逆もまた真である」が色々と象徴的ですな。

彼らの初期スコラ哲学を端折ると、
事物の前に普遍があるとした概念実在論。

その後、ロスケリヌスと弟子らが
実在するのは個物であって、概念ではなく概念はただの名前でしかないよ!
と、概念唯名論を唱え

はやくもクソ面倒くさいことになるのですが、
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その後、アルベルトゥス・マグヌスが資料の可能性を形相により現実性とする
アリストテレス哲学を用いて調停。

その詳細はめんどくさいので端折りますが、
「普遍つーのは概念であるが、それはアリストテレス的には形相であって
個別ってのは資料に形相(普遍)が現実性を与えたもんであって両者を同列視すんな」

と、めんどくさい状況を、これまためんどくさく和解?させ
トマス・アクィナスがスコラ哲学を大成させますが、
「そもそも、あいつはギリシャ語やアラビア語や数学を知らん」
と、後のベーコンらによって色々と横槍を入れられ「帰納法」を主張されるようになり
こうなると、もとの唯名論VS実在論が再燃するわけでありまして
ドゥンス・スコトゥスが「個別の実在性」を主張し信仰と知識を完全に分別。

ウィリアム・オッカムはコレを徹底
ついに神学と哲学を分離して、さあ西欧はいよいよ中世ルネッサンス期に突入。

ベーコンやホッブスやロックなど、
経験主義的哲学が西欧の端の島国イギリスで誕生することになります。
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そのクソめんどくさい経験主義的な哲学の流れは、ご覧の通りでして
バークリーに至っては、完全に感覚重視の極論と化し教会の主張とも整合性を持たせようとしたり、
スコラ哲学的な問題意識を経験則的にこねくり回し、
ガリレオの物理学なども用いて近代へも続く政治思想とも結びつけられたりしましたが、
ホッブスやジョン・ロックに代表されるそれは別個掘り下げるとして

そんな経験主義的哲学に対するカウンターとして
デカルト、スピノザ、ライプニッツらの近代合理主義的な哲学が大陸で誕生します。
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デカルトの「我思うゆえに、我あり」の言葉は有名ですが
数学を学問として後世へ体系化したり
物質と精神を分ける物心二元論を展開し、
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スピノザは「万物に神が内在する」と
どっかの国に似た心身二元論
ライプニッツは「モナドが個性だ」と
単子論を展開。

科学と密接に結びついたカウンター哲学は、相変わらずめんどくさい状況ですが、
フランスの「啓蒙主義」も絡み、対岸の経験主義的哲学の影響も受けつつ、
後の「唯物論」まで持っていたわけです。

その3世紀に渡る哲学的な論争。
いよいよわけわからんことなってまいりましたが、それへ終止符を打った哲学が現れます。

それがドイツ哲学でありまして、カントに始まるドイツ観念論

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このドイツ観念論により経験主義VS合理主義の論争は終結(正確には止揚)

その詳細を書くと、これまためんどくさいことになるんで各自に任せますが
これで欧州周辺の哲学が、世界に伝搬する哲学へとなったのです。

カントの「純粋理性批判」に代表されるその批判哲学は、
「イギリスの経験主義は具体的な経験による悟性を問題にしとる!
そんな具体的なものへ固執しとると
感覚を超えた抽象や普遍世界(理性)の真理性を獲得できん!」
と批判

大陸の合理主義は、
「こっちは頭から超経験的な形而上学の世界にすっ飛んでるでないか!
そのくせ理性とは何か?と抽象世界での探求はおなざりにしとる」

「そんな状況で理性が真理を明らかにできるんか?」と、両陣営を批判します。
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カントのそれは、感性的な領域を探索するのではなく、
探求の途上、アプリオリで形式的なものを学問的に認識し獲得できる。
ちゅーこれまためんどくさい代物で、
経験主義的な哲学でもなく、形而上学でもなく、
科学を中心に据えたカント哲学自体が、真理を解明するもでもないですし

”理論理性”や”実践理性”と定義される人間の理性、
早い話が”自我”をこねくり回す実にめんどくさいそれは、
フィヒテらにより更にこねくり回され、
ドイツ観念論の最高峰である、ヘーゲル弁証法へと続きます。

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ヘーゲルのそれは、人間の精神が原始的な条件反射から絶対知にまで
上昇する過程を弁証法的に展開した代物でありまして、
彼はこの弁証法を、論理、法、国家、歴史、芸術
あらゆるカテゴリーに適用。

更に百科事典的なあらゆるカテゴリーを統合する
「哲学的諸科学エンチクロペディー」
と題した、壮大な体系化まで果たしたのです。

しかし、過去の哲学的体系がそうであったように、
当然ながら絶対知を最高峰に据えたそれも分裂し、
彼の死後、ヘーゲル学派は左派と右派に別れます。
特にヘーゲル左派は先鋭化し、唯物論へ発展。
その急先鋒たるカール・マルクスの「弁証法的唯物論」
それが後世へ与えた影響と、その限界はご存知の通りですが

病んだ時代における思索のトリップ
本日はここまで。

どうですか?人類史はまさに思索の歴史。

哲学というカテゴリーをサラッとなぞるだけでコレ

ここから更に政治、経済、科学、宗教、文化等
多方面に哲学的な考察が適用でき掘り下げられる分野はありますが、
今は個別のカテゴリーが唯物的というか、
テクノロジー的な全能感に覆い隠され、錯誤の最中にありますし

何度も言うように哲学的な考察とは、音楽と似てあくまでも主観的な代物。

この細分化した時代でも、まだまだ思索の実践は価値があるどころか
細分化し、思考停止した、徳なき今こそ必要なんでして
明日からもまた歴史を紐解きながらじっくりと思索の旅を続けましょう。
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