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 【30//2016】

さて、今宵も徳なき動物化する時代。
これすなわち、思考停止する時代において人間であるために、
果てなき思考実践の旅を続けましょう。

NCM_0086 (1)
コレは古代ギリシャにおける哲学の系譜でありますが、
古代だけでもこれだけの賢者による思考を経て
現代社会にも連綿と続く道徳や社会や科学、果ては宗教という
概念上の産物を生み出した次第。

それはやはり自然発生的に生まれたものであり、
絶対的な存在により教授されたり、突然変異的に生まれたわけでは、決してありません。

つまり、自然と対峙する最中で文明が発展し、
この世は何か?自分とは何か?と、愚直なめんどくさい思考の果てに、構築されたもの。


ターレス先生は、万物を水と説きましたし
アナクシメネス先生は、世界は空気と説き
ピタゴラス先生は、この世は数と説きました。

そんなわけで、今回も結論から先に言いますが、
自然や自己とを相対化する思考実験の果てに、
どうして生きるか?すなわち、

如何に死ぬか?

人間が人間として”気持ち良く”生きるための最も根源的な基本、
それをば会得した次第。

まさに仕事もせずそれを説いた
このハード・コアなニートの大先輩であるソクラテスらの思考の結果、
今の時代があるわけでして、
その系譜上に近代国家は無論、科学も宗教もあるのです。

今の時代、西欧から始まった産業革命や資本主義や民主政治により
大いなる錯誤の最中に居ますが
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今や蔑視の対象である、ムスリムのカリフらこそ
アリストテレス哲学の伝承者であり、
その縄張り争いこそが、現代社会でも続くムスリムの宗派。

そんな哲学により宗教まで諭してたイスラム社会に比べ、
その時期の西欧なんて、かろうじてキリスト教会があったくらいで、
自己思考する文明という点では完全なる後進国であったのです。

今の時代でも産業革命や民主政治などで錯覚してるだけで、
概念上の産物を絶対的な存在と過信、盲信してる意味では
西欧も大して変わってないかもですね(笑)

そう、絶対的な存在といえば宇宙。

以下に敢えて脱線しますが、そんな宇宙や宇宙論。

それすらも哲学者により解明されたと言っても過言ではないわけで
今でこそ自然や政治や科学や宗教は各自別ですが、古代は全て同一線上にありました。

太古から暦を読んでいた人類が、その自然の周期を解明し
学問として体系化するに至るのは、哲学者アリストテレスらにより生まれた思考概念の影響が大。
プトレマイオスらが数式や簡素な観測を用い天体の運動を説き、
天文学における最初の体系化とでもいうべき、天動説が生まれました。

その後、ローマが崩壊し、アカデミズムも崩壊。
長きに渡り思考停止状態が続いたわけで、その間
キリスト教会という概念上の産物でまさに自己中心的に動物化。

そんな最中に初めて地動説という天地を逆転させる
画期的な宇宙論を説いたコペルニクスは、なんと聖職者でした。

その後ケプラーによる観測とデータ収集により
コペルニクスの画期的な地動説は、惑星の楕円軌道や周期速度変化といった
より洗練された説にアップグレード。

ガリレオの望遠鏡による肉眼観測により、もはや天地を揺るがす激震へ発展。
人間の概念上でしかないカトリックVSプロテスタントの宗派抗争も激化する最中、
地動説を唱えるガリレオは、神を冒涜する”異端者”として、ついに教会から弾圧されたのです。

その後、アイザック・ニュートンが本格的に数式を用いて万有引力を解明。
地動説における惑星の周期速度変化から、潮の満ち引きから、リンゴの落下まで
重力という概念を生み補完したのですが、
それでも自身が概念上の産物でありながら、固定観念に固執するキリスト教会は揺るぎません。

ニュートンも重力の影響は解明しましたが、重力そのものが何か?
それまでは解明せず他界。

その200年後、アインシュタインの相対性理論により
重力+時間と空間が与える時空という概念とその影響が解明され
光すらも曲げる時空は、現代科学に史上最高レベルの衝撃をもたらしました。

コレでほぼ宇宙の全貌を論理的に解明できるようになったのですが、
そのアインシュタインですら宗教的な概念上の産物に固執し、大きな間違いを犯します。

アインシュタインの相対性理論によると、
論理的には宇宙は膨張してることになるわけで、
それを概念上で逆再生させると、原子核レベルまで広大な宇宙は収縮します。

そんなわけで、ジョルジュ・ルメートルにより宇宙の起源
ビッグバン理論が提唱され、アインシュタインに進言するも、
アインシュタインはそれを頑なに認めず、宗教的な概念である無限に変化しない宇宙論に固執
つまりはアインシュタインですら概念上で踊る存在であったのです。

そんなビッグバン理論を提唱したジョルジュ・ルメートルこそ
天動説を説いたコペルニクスと同じく聖職者であったのは
まさに天地を解きながら概念上の存在に固執し続ける、人類史の皮肉。

そんなビッグバン理論も、いよいよハッブルが系外銀河が遠ざかる事実を観測し実証。

電波観測におけるビッグバン背景放射の確認などでより補完され、
今や宇宙は、その果てまでテクノロジーの進化による観測や論理により
全貌は解明されつつありますが、
教会がビッグバン理論どころか”地動説”を認めたのはナント1992年。

ホントつい最近のこと
それまで教会は頑なに”天動説”を信じてたんですから(笑)

今やテクノロジーによる全能感や宗教や、社会機構による絶対感にあふれてますが、
如何に人類が概念上で思考停止した、実にしょぼい存在か?理解できるというもの。

ビッグバンから現在まで370億年
宇宙の果てまで1560億光年
概念上で逆算すれば太陽系の終わりだけでなくビッグリップと呼ばれる宇宙の終わりまで
今や解明できます。

つまりは無限や永遠や絶対の存在なんてあり得ないですし
神が存在するならば、それすらも超えた存在。

長々と書いたそれを知った上で、

如何に死ぬか?

この答えなきシンプルな結論に至るわけで
どんなに贅沢し勝ち誇ろうが
全宇宙の中で俯瞰すると如何に馬鹿げて空虚な存在か?

その勝ち目のない相対化を考えなくて済む概念上の産物である社会を産んだことが
人類最大の発明なんですが、それを過信しないほど人類は進化しておらず
動物化と人間化を繰り返し何度も痛い目に遭うまで理解できないのもまた人間。

その壮大な思考による相対化により
初めて自己を知り、分を知り、何より生きるべき徳を弁えるわけですが、
今や一国の指導者ですら、それを知らないで済む

人間てのは、

マッタク疲れる生き物ですなあ(笑)

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Category: ハードコア・ニート

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