美しい国では合法なら不倫から隠し子から公金で贅沢三昧まで何でもアリですが
法も人類が誕生してからいきなり存在してたわけではありません。

法治なんて
人類の歴史でみると、つい、最近のこと
宗教だって貨幣だって徴税やそれに伴う社会だってそう

人類が生み出した概念上の存在に過ぎません。

何が善で何が悪か?

その基準は法、まして倫理や宗教でいきなり明確に決められたわけではなく
人類が長い歴史の流れの中で自然発生的に

自分がされたら嫌なことは他人へしない

等、

実に実にシンプルな経験則によって会得してきたもの
その延長上に法や倫理や宗教などが在るわけで

法に反してないから、善人面して良いか?

それは、あくまで法治国家という後出しの概念上のお話
そこにはまさに人類が人類である存在意義ともいえる
動物とは明確に異なる
何が潔く、何が卑劣か?
法や宗教や倫理以前の自己決定的な経験則が問われるわけで

神や神秘という存在を誰よりも肯定しつつ
法や貨幣や宗教という人間が生み出した概念上の存在を
誰よりも信じない(無論、信教の自由は全力で肯定しますが)個人的にはそう思うのです。

歴史ある宗教ですら、個人的にそうなんですから
新参者の法なんて尚更です。

そんなわけで、個人的には
不倫でも合法だからとワイドショーへ居座り続ける
隠し子キャスターが都知事を批判してる様ほど滑稽なものはなく
法では問われなくても、自分が同じことされても良いのか?

そんなシンプルな視点でみれば、
物事の尺度なんて絶対的に決められるものではなく
神様だってそう

だいたい絶対的な神が存在するなら
不公平極まりない宗教などという人間の概念上で図れる存在ではないはずでして
神を肯定すればするほど、
その計り知れない真理ともいうべき答えに行き着くはずです。

そう、法や倫理なんて絶対視する存在ほど
種の繁栄に不可欠なシンプルな事柄を軽視し動物にも劣るような愚行を犯すわけでして
この人間社会の歪みのほぼ全ては上記のような事象によるもの

公平性や誠実さというのは
いきなり吹いて湧いた存在ではないのでして
何のために文明が発達しアカデミズムが在るのか?

その最もシンプルな経験則を知らずというか
知ろうとせず軽視する存在は必ず破滅へと向かうものです。
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