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 【10//2016】

名古屋に今池という街があります。

文化が不毛の地と言われる名古屋という認識は大いに間違いであり
こと、パンクロックにおいてはそのまた地方の豊田市なども含め
現在でも特別な存在であるのはこういうサイトを見ずとも知る人ぞ知るところ

まあ完全に雌伏するだけの陰鬱とした学生生活に別れを告げる決意をしたのも
そういうパンクな風土というか聖地であるのを
半ば音楽マニアであった学生時代に知っていたからでして
そんな冷めた学生時代パンクな内面は知人はおろか親にすら打ち明けず
ひたすら当時のメインストリームであった歌謡曲やJ-POPを聴いてるフリして合わせてましたが
昔から自分の中のメインストリームはラモーンズやクラッシュやピストルズであり
日本じゃスタークラブやラフィンノーズ

親が死んで大学進学も叶わない高卒時、いざ就職するとなった時
誰もが関西や関東に行く中
愛知県の某巨大自動車会社の正社員ライン工として
その最前線に立ったのは必然的であったといえましょう。

90年代初頭当時の豊田市や愛知県はまさにバブルの残り香もあり
まあ、多方面でグツグツと沸騰するような状況。

親も死んで惰性で生きてる感バリバリであり
刹那的な意志に支配されながら狂ったように生きてましたね。

そんな二交代制の工場へ向かう通勤バス車内
カセットウォークマンで聴いてたのは当然PUNK

自動車製造のための東名のインターチェンジと
そごうのデパート(コレも潰れた)やジャスコくらいしか
目立つ施設がなく田んぼと工場しかない豊田市でしたが
市内にはヤヴァイ古着屋やパンクなライブハウスは多数あり

名古屋も大須や前述した今池に行けば更に濃いエッセンスが凝縮し
週末の夜な夜な70スープラやバイクかっ飛ばしてそういう香りを楽しんだもんです。

埠頭では毎夜刹那的なドラッグレースが繰り広げられ
赤色灯でダッシュ散開し、また集結を繰り返し
道中の信号で個別場外戦など、まあ刹那な楽しみには事欠かず
国道1号線や41号線や23号線には暴走族がブンブン走り回ってたあの頃

週末の名古屋ローカルのテレビでは
地元レコード屋玉音堂のスポンサーによって大竹まことがキレッキレの番組をやってたり
まあ街も文化も良い意味で明日なき刹那と浪費に溢れてましたよ。

特に今池にはそういう面が多大な街で
週末は緑区は大高に居たパンチパーマの具志堅用高スタイルの知人アパートを経由し
1号線の名古屋高速ガード下にあるイカレタ居酒屋で明日の競馬や競輪の予想をする糞オヤジ共を肴に
(時には女将や常連ジジイと共に競輪へ繰り出しおでん食ったりすることも)
ライン作業で減った腹を満たしテキトーに性欲を解消するだけのイカレタ女を経由したり夜遊び
そんなイカレタ土壌があったのも愛知という土地柄や時代の影響することが大でしょうね。

おかけで精神的に病むほど酷使されるわけですが、食うには困らずやることやれたわけです。
そういうチャップリンのモダン・タイムス的な
人間の意志を軽んじた資本主義経済のエッセンスが濃い街であるからこそ
モータウンレコードが反映したデトロイトのようにアンダーグラウンドシーンも反射するわけで
保守化する中、名古屋が未だにリベラルなのは
(今や自動車会社は自称保守政権ベッタリですが)
そういう反射作用の影響するところ大でしょう。

当時の今池には自分も含めて本当にヤバイ奴が集まっていました。
パンクスは無論、ヤンキーやヤクザに売春婦にヤクの売人やジャンキー
色々と入り乱れててまあカオスな感じでしたよ。

まあニルヴァーナのあの感じですな。

でもねそれが悪くないんですよ。どこか余裕があったんでしょうね。
時代的に

当時はそういうシーンもディスコ全盛期だったんで
名古屋ローカルですら今池は隅っこのほうでしたから
まあ、今池ロッカーズと呼ばれるムーブメントは残り香状態だったにも関わらず
今でも個人的な自己形成に多大な影響を与えるエッセンスの濃い文化が蔓延っていました。

そんな止まらぬない資本主義のドライブを体感し
3交代制導入と共に精神的に病むほど疲弊するまで、パンクな気風や溢れる風土に触れ続けたのは
知人やその他諸々失うモノも多かったですが、何よりもローリングストーンな体験

まさに折り目はオウムが顕在化した90年代ミドルでしたね。

そんな体験が斜陽の時代をサバイバルする上で今や大いなる糧となっており
あの時代の愛知県のドライで乾いた街の匂いは今でも忘れておりません。

今は街は無論、自動車会社自体もモダン化してアレですが
今池や豊田や愛知県にも未だアンダーグラウンドなシーンは根付いているようで何より
往年のキレは潜めましたが大竹まことが文化放送でやってるレギュラーラジオで
愛知県出身の光浦靖子を使い続けてるような特別な思いがあるわけで
今でも遠く離れた地から嬉しく見つめ続けています。
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Author:Hiraku Kamishima
奄美大島在住。
自由と平和。故郷の平穏な風土の存続を願っています。

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