平日夜の報道番組をやっている古舘伊知郎氏が3月末で引退する。

亡き親父と同世代である氏
今やこの民主主義国で民主主義や平和を堅守する確固たるオピニオンもった
数少ないキャスターであろう氏
だからこそ、もう報道番組におけるしかめっ面はもう見たくない。

何故か?

色々と強権なる安倍政権との水面下での軋轢もあるだろうし
何よりもこの国において本当の意味での平和な国民的”一体感”
それを実況した氏だからだ。

まさに戦中の大東亜共栄圏なんか比べ物にならない
真の意味で日本の全盛期であったであろう
バブル経済が頂点に達した1980年代後半〜前半
F1レースという国際的な競争の場で、日本の繁栄
それを日本国民に体験させてくれたのがアイルトン・セナや本田宗一郎であり
まさに古舘伊知郎氏もその目撃者の一人であった。

アイルトン・セナ
外国人でありながらこれ程までに日本国民の自己意識を投影した
スポーツヒーローは存在しないだろう。

少年ジャンプでは漫画が連載されテレビのバラエティには出演
まさに一億総中流であった日本の発展を象徴し
それを国際舞台で具現化してくれた英雄であった。

その端正なルックスや繊細な感性など個人的なカリスマ性も圧倒的であったが
やはりホンダや本田宗一郎という存在とリンクし
その熱狂はまさに国民的なものとなった。

忘れもしない91年ブラジルGP
古舘伊知郎氏は実況してませんでしたが
数々の苦難を乗り越えミッションの壊れたマシンでギアをホールドしたまま
アクセルワークだけで走り切った母国ブラジルでの初勝利をもぎ取った
感動のラストラップ

その熱狂は地面の下のブラジルから
深夜の日本国民にも伝わってきたのを今でも鮮烈に覚えている。

まさにあの時代のセナとホンダはブラジルだけでなく
本当の意味での日本国民のヒーローであった。

その熱狂は経済的な繁栄も伴わない
自画自賛的でフェィクな、なんとかジャパンの活躍などとは比べ物にならない
もちろんあの戦時中の「欲しがりません勝つまでは」の熱狂とも違う
日本国民において最初で最後の真の意味での自発的な一体感であったと覚えている。

貧乏役人の我が家でもこの頃はホンダのシティを乗っていて
クルマ自体としての完成度はトヨタなどに比べ低かったが
あの時代のホンダ車何かやはり特別な思い入れが今でもある。

そう、平和に発展した日本の象徴、最初で最後かもしれない一億総中流の象徴
その1つがF1という国際舞台で活躍したあの時代のホンダでありアイルトン・セナであった。
honda-car.jpg
日本国民の象徴である天皇陛下が愛用者であるのも
まさに象徴的であるような気がする。

それを文字通り、実況し日本国中へ伝えたのが古舘伊知郎氏だった。

そして氏が久米宏氏から平日夜の報道番組のバトンを受け取ったこの12年間は
対照的に日本の凋落が加速した時代であった。
それを連日伝えた氏であるけど
あの平和な隆興を伝えた氏だからこそ、今
言いたくても言えず思うところが絶対にあるはずだ。

他の国民はいざ知らず、あの時代の平和な隆興を知る自分らですら
強烈にそれを感じてるのだから

この4月以降、古舘伊知郎氏にはその辺をば
どこかの自由に発言できるメディアで是非とも吐露して欲しいと思っている。
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