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 【24//2015】

さて、無限の永久機関でも発見されたかのような
楽観的なお題目と一億総活躍という
全体主義的なフレーズを掲げて転落中の我が国

命が有限であるように我が国のリソースもまた有限であり全力で縮小中
なんで我らはその楽観的なお題目で痛い目に遭うより
積極的に消極的な選択肢を今から吟味しておくんが自己防衛戦略上、吉

なんで、常に最悪へ向かうこの国の歴史を踏まえて
安楽死
という若い世代の負担軽減では最もネガティブな選択肢を
我ら団塊ジュニア世代は今から考えておくべきでしょう。

th_NCM_0779006.jpg
その定義は古いドイツの刑法学者によると
ざっとこんな感じ

まあ、我ら団塊ジュニア世代が若い世代の負担軽減のために
行うであろう”積極的”というか”社会的”な安楽死は④と⑤でしょう。

th_NC0980M_0005.jpg
その中から更に取り分けると、こんな感じで
我ら団塊ジュニア世代が若い世代の負担軽減で行う安楽死は
③と④に該当するしょう。

特に団塊ジュニア世代の自分が個人的に最もしっくりくるのが
③の「放棄死的安楽死」ですが

それを安易に認めると特定世代の老人だけに留まらず障害者などの弱者も含めて
あっちゅーまにすぐ全体主義、優生学的な④へ繋がる裏腹さは絶対に無視できません。
日本人の共同体的な性質を見るに・・・。

そんなわけで
余程慎重に慎重を重ねた
哲学的、社会学的な考察、思索を経ない限り”安楽死”という選択肢は
若い世代、もっと言うと共同体存続にとって最期の最期の手段

重ね重ね言いますが
その前段階でやれるべき選択肢は全て行う最期の最期の選択肢
であるべきで
それは”生きるに値する生命”の再定義も含めた
あらゆる延命という延命策を行った果てにあるべきで
そういう意味では病苦から逃れる一般的な”尊厳死”や”安楽死”とも違うわけです。

自身の延命より共同体的延命のために行うのに
それは共同体から強制されるものでなく
あくまでも自己の積極的(同世代のコンセンサスも含めて)な選択肢であるべきでして
まあ、それはそれは面倒臭え自己犠牲的なシロモノ。

個人的にはカミカゼに次ぐ負けの戦略
世界に恥ずべき愚策中の愚策と捉えてますが

おそらく
この国の絶望的な状況や歴史や国民性を見るに
若い世代の延命に向けた選択肢として
ベーシック・インカムなどの実効性のある延命策より
最終的にはこのネガティブな選択肢を行う方向へ安易に流れる可能性は大。

そして、それは同じお荷物でも今のギリギリ逃げ切れる老齢世代ではなく
我ら団塊ジュニア世代やその周辺世代で行われる可能性は高いと見ておくべきでしょう。

それまでは「価値ある生命」の再定義も含めて
じっくりと思索できれば良いのですが
自分では何も決められないのに破滅となると直情型のこの国、
とてもとても嫌な予感がするんで
個人だけでも先回りして自己防衛戦略として考えておく必要がありそうです。

残念ながら

そんなわけで、今後じっくりと吟味するために
敢えて今回はここまで
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Category: 団塊ジュニア世代の死生論

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