さて、若い世代の負担軽減のために新しい死生観の思索
なんちゅークソ面倒臭え作業は一旦ブレイクして
コーヒーでも飲む感覚でこのハードコアなニートが読み直しておるんは
日本人には馴染み深いロシア文学

といっても、今やこの日本文学に最も近い
かつては知や芸術を愛する人々の共通言語ともいえた存在で
思想や価値観を模索する上でも普遍的な原点ともいえたロシア文学も

時々リバイバルされたりはするものの
年々忘れられた存在になっておりまして悲しい感じ

今やグローバル化した強欲な資本主義が猛威を振るい
そのロシアですら資本主義陣営の急先鋒として中東で空爆する時代

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やっぱりこの普遍的な基本中の基本ともいえる文学の山脈
色褪せた表紙とは反比例し個人的にますます輝きを増してまして

何度も読み返されて傷んだ文庫や足りない作品だけ補完した歯抜けの全集など
個人的な思索のベースとしてクラシック音楽よりも
欠かせない古典的な存在になっております。

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このドストエフスキーの思想的な転換作とされる中編
「地下室の手記」も
まあ、このハードコアなニートの駄文の基礎ともいえるような
今の時代でも十二分に通用する作品でして
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そのナイスな一人称の書き出しから始まる
まさに地下室で自己を極限まで誇大化させる
”一般的”なロシア人の心理を写実的に描写しておりまして

向井秀徳の歌でいうところの

”繰り返される諸行無常”

なんやかんや言っても絶望の最中
生きてかなきゃならん時代へ実存主義的なテーゼを示してまして

時代が時代。
文学なんていうとそれまでは斜に構えてたであろう表現を
貧乏人から貴族まで、嫉妬から歓喜まで
感情も含めてすぐそこに存在してるかの如き
まっこと写実的な表現がされておりまして
後に
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これらの大作群で更に極まるその描写は何度読んでも圧巻

ただの写実作品でなくベースには
過酷な帝政ロシアやソビエトなどの時代背景を反映した
確固たる思想があるので
その写実性により
普遍的な倫理観やヒューマニズムがより説得力を持つ
というか、説明の必要もないほど自然に身に入るというか際立つわけで
その辺こそが巨人の巨人たる所以

もう一人の巨人であるトルストイ
「地下室の手記」で誇大化させて病んだ実存主義的な自己を
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この「復活」で取り戻す。

そんなコンボに個人的にはハマっているわけでして
この作品も”キリスト教”的な価値観へフィルターをかけて読むと
実にしっくりくるというか

とある女囚の不潔極まる描写から始まるこの作品ですが
人間として「復活」すべくひたすら奔走する主人公を通して

まさに我ら読者もムスリムでもキリスト教徒でもない
自分がされてイヤなことは他人にもしない
普遍的な公平さであったり公正さであったり誠実さであったり
なんでそれが大事なのか?
シンプル極まるタイトルが示すように
資本主義的なエゴイズムの中で失われがちなそれらを
実にナチュラルに「復活」させることができるわけで

むかし加計呂麻島の診療所脇にある素朴な喫茶店で熟読した時など
本当に色々と「復活」したんは良き思い出。
個人的にはトルストイの作品では最高傑作。

そんなわけで、思索の旅のブレイクとしては
より面倒臭えことになるかもしれませんが
いつも面倒臭えことにこそ真実はあるもの

そんなロシア文学、パンクロックと並び
フラフラしがちな個人的な自律性の良き指針となっています。

ちゅーか、コレ
ガチガチで退屈な表現が幅を利かせ
強欲が剥き出しの封建制だった当時

本当にパンクな存在だったでしょうな〜。
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