行動学入門

個人的に時代のボトムを潜行し雌伏する時間を長いこと過ごしてるわけですが
そんな行動を前提にした待機時間にピッタリの本がコレ

th_NCM_0175.jpg
今や日本人の誰もができないであろう行動
誰よりも日本人的な行動を実践した最後の人間であろう
三島由紀夫の随筆

行動学入門

th_NCM_0176.jpg
三島氏が”行動”に対する考察を
ご覧のとおり、あらゆる角度で行っておりまして
あの市ヶ谷駐屯地での”行動”を暗喩してるのはもちろん

誰よりも思索の旅に出ながら、行動で最後を迎えた三島氏らしい考察は
この行動が報われない時代における行動学にも実に有効

この一文から始まるこの本
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
行動というものはそれ自体の独特の論理を持っている。
したがって、行動は一度始まり出すと、その論理が終わるまで止むことがない。
これはあたかもぜんまいを巻きとったおもちゃが、
そのぜんまいがゆるみきるまで無限に同じ運動を繰り返すのに似ていると言えよう。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

そう、その行動の論理を思索で終始する知識人は何より恐れてまして
走りだしたら止まらない行動の論理の怖さを行動人も知ってるのです。

だからこそ氏は
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
待機は、行動における「機」というものと深くつながっている。
機とは煮詰まることであり、最高の有効性を発揮することであり、
そこにこそ本当の姿が形を表す。
〜中略〜
その全身をかけに賭けた瞬間のためには、機が熟し、
行動と意志とが最高度にまで煮詰められなければならない。
そこまでいくと行動とは、ほとんど忍耐の別語である。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
なるほどさすが誰よりも深く長い思索の果て
瞬間的な行動を実践した氏らしい考察

弓矢に例えると
弓矢を放つ”瞬間”の前の
じっくりと弓矢を引く状態の重要性を説いていて

その瞬間的な行動の効果が最高レベルで発揮されるには
静かに弓矢を引く際の集中や意識の深度こそが重要


そんなわけで個人的にも行動が最高の効果を上げるよう
”忍耐”の日々ですが
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
目的のない行動はあり得ないから、目的のない思考、
あるいは目的のない感覚に生きている人たちは行動というものを忌みきらい、
これをおそれて身をよける
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
力を増せば増すほど、自分の直接的な肉体的な力からは遠ざけられてしまう。
そして最後の最後には、脂肪太りの腹の突き出た将軍になって、
安楽椅子に埋もれて工業用テレビを見ながら作戦全体の指揮をとるようになるのであろう
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
計画には盲点があり、人間の心には盲点がある。
この盲点に向かって挑むことが行動と計画とのギリギリの接点であり、
またその面白さであるといえるのであろう
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
会社の社長室で一日に百二十本も電話をかけながら、
ほかの商社と競争している男がどうして行動的であろうか?
後進国へ行って後進国の住民たちをだまし歩き、
会社の収益を上げてほめられる男がどうして行動的であろうか?
現代、行動的と言われる人間には、たいていそのような族社会のかすがついている
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ご覧のとおり、色々と参考になるフレーズがたくさん

ここまで行動について深く思索した人間は戦後いなかったでしょう。
そしてその行動を実践した人間も



そんな三島氏の中では異色な本ですが
th_NCM_0178.jpg
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
この本は、私の著書の中でも、軽く書かれたものに属する。
いわゆる重評論ではない。しかしこういう軽い形で自分の考えを語って、
人は案外本音に達していることが多いものだ。
注意深い読者は、これらの中に、(私の小説よりもより直接に)、
私自身の体験や吐息や胸中の悶々の情や告白や予言をきいてくれるであろう。
いつか又時を経て、「あいつはあんな形でこういうことを言いたかったんだな」という、
暗喩をさとってくれるかもしれない。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
まさに氏が後に放つ行動を暗喩しながらも
効果的な行動を模索する人間にとって色々と参考になる本

氏の”行動”を”狂気”と片付け自己安堵を図る安直な人間こそ
行動を実践できないどころか
思索の面でも中途半端な存在であり
th_IMG_20150131_225104.jpgth_IMG_20150131_225211.jpg
img_626f0308131189e0ea0622529849652e89070.jpg

そういう口や安全圏での間接的な行動だけは勇ましい
存在が思想の左右を問わず今も幅を利かせてるのが
戦後日本の現状

思想の左右を問わず未来の鍵を探す真の行動
ひいてはその行動のための真の思索を深めるのに
氏の言葉は色々と助けになります。

スポンサーサイト

コメント


管理者のみに表示

トラックバック