人間宣言

ここのところ資本主義が先鋭化し
日本でも残業代ゼロや金銭解雇ルールなど資本家目線のルール改正が目立ちます。
この国では、とかくそれが極端で労働者を過度に保護したかと思えば
上記のように極端から極端に振れる国民性

それは置いといて

しかし概ね世界的な情勢としては間違いなく労働者の待遇改善より
資本家の収益性向上をば優先する社会状況が加速中

ドイツ旅客機墜落 “副操縦士が急降下の操作
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その辺の弊害がここにも表れていまして

人間視点のマルクス経済学など見向きもしない
現代の経済学では資本家は効率を優先し
人間である”労働者”をモノのように”労働力”という単位で扱うわけで
そこに心身の疲弊やダメージは考慮すらされません。

労働力として切り捨てられた労働者は心ある人間
心身にダメージを受けるのは当然で
人間が人間である以上、避けては通れない問題なわけです。

今頃になって対処療法的に安全対策を講じてるようですが
そもそも人間を人間として扱っていないから
こういう”社会”的な問題が浮き彫りなるのです。

何度も言いますが、
人間が人間である以上、心身へのダメージは当然

そんな人間は生きる価値もないのか?
そういう社会でいいのか?

このパイロットの問題は個人の問題はなく完全に社会的な問題

心身を患った人間が働かないように弾く社会でなく
むしろ働けるようになるのが当たり前で
今やっているのは何の解決にもならない対処療法

心身疾患でパイロットは無理としても
疾患で生まれる社会的不安は代替の職の安定や
社会保障などで大概は解消できるものです。

社会問題の解消としては社会不安を増大するだけの
冷酷な精神疾患者の切り捨て対処療法より
代替雇用確保や社会保障などで
効率化の副作用で生まれた社会的不安は根本的に治癒され解決するでしょう。

そのコストは人間が人間である社会として負担するのは当然ですし
社会的なコストを削る=社会的なリスク増大

そのリスクを未然に防ぐ意味はもちろん
心身疾患者であろうと社会的なケアにより
納税者や消費者としても再活用できるので長い目で見ると有益なのです。

人権とは人間が人間があるための宣言みたいなもので
その根本を捨てるなら同じような社会問題は対処療法では防げず
今後も別な形で起きるでしょう。

心身を患ってるとして切られたパイロットなどの労働者は
資本家的には要らない存在でその後は知らんぷりで済むかもしれませんが
社会というフィールドで切られた後も”人間”として生きていくのです。

そんな人間とすら認められない存在が
人間性を否定する社会で生きられないとすれば
とるべき選択肢は限られてきて
それは社会というフィールドへポジティブなシロモノではないでしょう。

資本家こそ
そういう人間中心の社会へ依存する存在であると自覚すべきなのですが
富で全能感を得た資本家ほど自分だけが有能な”人間”であると錯覚し
資本家だけが人間で
それ以外は労働力として人間性が否定される社会を構築しようとしてますが
副操縦士が機長殴る?
 離陸直前のインド機操縦室で

当然、人間が心や感情もある人間である以上
同じような問題は今後も起きる可能性を秘めており
その状況は合理化により日々加速。

そして精神疾患者になった存在へ冷酷に社会保障すらも削る
日本社会は人間が人間として生きるのが非情に難しい社会になりそうで
その中で人間性を回復するのは大変そう
資本家や労働者という対立では見えにくいですが
昔から労使や社会問題の本質はそこにあるのです。

人間が人間として生きる。

という実に当たり前の基本

今は資本家だけが”人間”として生きてるような社会
現代の経済学の落とし穴はまさにそこにあり
世界的な低成長の根本的な原因
自殺パイロットの問題はその本質を浮き彫りにする意外と根深い問題なのです。
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