肝心なのはd>cかp>c

トマ・ピケティ氏が色々と話題ですが

r>gという彼の定義
r=return on investment(資本利益率)g=growth(経済成長率)

により
経済成長より金持によるマニーの独占ほうが上回る
というシンプルな事実関係を壮大なデータにより証明してみせ
資本主義を肯定した上で社会の持続性を考え資産課税など提唱してますが

個人的な結論を体現する不等式はやっぱりシンプルにコレ
d>c
d=democracy(民主主義)c=capitalism(資本主義)

まあ民主主義に限定されないので
コレでも良いですけど(笑)
p>c
p=politics(政治、政治活動)c=capitalism(資本主義)

左側はソーシャル(社会)でもナショナル(国家)でもOK

ようはいくら1%の金持ちが資本を集積し独占しても
99%の塵のような民から集めた税金により山となった
莫大な国家予算で運営される国家や社会という存在を超越できない限り意味がありません。

つまりは1%の金持ちだけで軍隊や警察や消防や道路など
社会的なインフラを構築し維持できるまでは
どんなに富を集積しても
というか、そんな富の独占を突き詰めれば突き止めるほど
社会というか、この世界自体が持続不可能

簡単に言えば金持ち専用の島や金持ち専用のスペースコロニーなどへ移住し
完全に金持ちだけの社会を構築できない以上
どんなに富を集積しても
上記の不等式からは逃げられないわけで
偉そうに言うならばトマ・ピケティ氏も上記の結論をこそ出すべきでしたね(笑)

どんなに富を集積しても
社会的なインフラを構築するには今のところ富の力だけは不可能。

この地球上のどんなに富裕な場所でも
徴税などそれなりの貧乏人をも動かしコンセンサスを得るには
社会や共同体を統括する国家という権威的な概念が未だに必要で
金持ちだけのユートピアを可能にするには完全な金持ちだけで移住し
公共的インフラは全て機械文明などで運営する独自の共同体を構築するしかないわけで
完全に隔離された貧乏人的には北朝鮮をも超える完全なディストピアへの移行となります。

いくら機械文明で社会的なインフラを構築しても
そこには承認や羨望する貧乏人もいません(笑)

この広い世界で社会的なインフラを金持ちだけで維持しても
走っても走ってもその世界に居るのは機械と極小人数の金持ちだけ
テレビ番組もラジオもレストランもスポーツ会場も極小数の金持ちだけ

そんな世界が楽しいか?
金持ちの心の中は貧乏人には知り得ませんが

そんなわけで、金持ち的には富の独占の先に
まだまだ超えるべきハードルは高く

その高いハードルを超えるのが全人類的に幸福なのか?
正しい進歩なのか?

それがシンプルに問われてるわけです。
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