立ち位置

 さて、今日は69回目の原爆の日であり個人的にはバースデイ
日本を覆う閉塞感はもちろん
世界情勢も混迷を極めつつありますが

そんな時代をサバイバルしていく上で個人的に絶対に大事で必要だと思っているのが
政治的な立ち位置

最近は無党派だとか政治的な中立を主張する若者が多く見かけますが
個人的にはそう考えには全く賛同しないですし
思想信条の自由は尊重しますが、政治的な立ち位置を暈し
現状維持を主張しているだけで、あまり信用しないようにはしています。

それを過不足なく述べているのが外山恒一氏の
政治活動入門


以下に引用しますと
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右翼や左翼について

 右翼とか左翼とかの言葉に対して、アレルギーを示す人はたくさんいます。
中には、状況を改変するための具体的な活動(つまり政治活動)に参加しながら、「自分は右翼でも左翼でもない」と云う人すら珍しくありません。いや、むしろ自分は右翼だ左翼だという自覚を持っている人の方が珍しいくらいです。
 しかし、これは非常に嘆かわしいことです。
 というのも、これは「なぜ勉強が必要か」を説明したくだりとも似てくる話ですが、「社会に物申す」的な活動をしながら、右翼でも左翼でもないという立場にあることは、実は非常に難しいのです。ほとんどの場合は、単に自覚がないだけで、云ってる内容ややってる内容は、実質的にはまったく右翼か左翼かのどちらかでしかありません。
 よっぽど特殊であるか天才的であるかしないかぎり、たいてい、現在の状況のどこがどう間違っている(改変すべきである)のだろうかと考えていった時に、出てくる結論は右翼的なものか左翼的なものかのどちらかしかありません。主張や行動がまるっきり右翼なのに、自分は右翼ではないとか、あるいは逆にまるっきり左翼なのに、自分は左翼ではないとか云うのは、単に自らの無知・不勉強をさらけ出しているばかりで、ちゃんちゃらおかしいし、恥ずかしいことこの上ありません。
 右翼でも左翼でもない立場というのは、「現状維持」以外にまずないと考えておいた方がよいでしょう。政治活動というのは、現状の改変を目指すのですから、結局は右翼か左翼かの選択をする以外に道はほとんどないのです。もちろんその選択は、自分の「生きがたさ」の原因を、どちらがよくうまく説明し得るように感じられるかによって各自おこなえばよいのです。
 
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右か左か?
その政治的な立ち位置

それはファンタジックな理想や正義感ではなく
自分が生きる現実の”実感”に立脚したモノであるべきで
それを決めるのは現実における
自分の”被害者意識”もしくは”当事者意識”だけ。

これは今の時代を生きる上で最も重要で
どんなに腐敗した右派や左派に立つのが嫌でも
現状を変えるのが政治的な活動であり
それに参加する以上、現状に則した立ち位置を明確にしない限り
その先は絶対に見えてこないのです。

たとえば
経済的に現状へ不満がなくても、それをシェアし
みんなで幸福を追求する価値観を優先するのか?

その立場を独占する価値観を優先するのか?

それだけでも政治的な立ち位置は大きく変化してきます。
いずれにせよ、右か左か?
政治的な選択をしないといけないわけで
それを明確にしない行為は
全く新しい政治的な概念を生み出せない現状
政治的な意味はほとんどないと思っています。


昨日、レビューした宮﨑駿氏の「風立ちぬ」も
表現者、もっと言うと作品を通じて世の中へモノ申したい
氏の明確なる立ち位置の表明だと考えています。

そんなわけで、自分もこの時代における
現実的な被害者意識から明確に

左翼

の立ち位置を堂々と選択し主張するわけですが
所謂日本の右翼や左翼のイデオロギーや運動自体がアレで
できれば新しい概念を打ち出したい
そんな気持ちも強烈にあります。


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ただし、現実に同時代に存在している右翼運動や左翼運動のほとんどすべてが腐敗しており、魅力がないというのは残念ながら事実です。しかしだからと云って、よほどの人でないかぎりは、右翼でも左翼でもない現状打破の思想というのは見いだせないはずです。もちろん歴史的に見れば、魅力的な右翼運動や左翼運動は過去に無数に存在しますから、同時代にそうしたものがないのであれば、歴史上の右翼や左翼を参考に、魅力的な右翼運動や左翼運動を自分たちで形成していくしかありません。


 少なくとも、まだ大した研究や実践の経験も積まないうちから、右翼でも左翼でもない斬新なオリジナルのビジョンを提示できると考えるのは、とんでもない思い上がりです。まずは自分の目指す方向が、右翼的なものなのか左翼的なものなのかを、よく自覚すべきです。もちろん右翼になることはイコール既成の右翼運動に参加することではないし、左翼になることはイコール既成の左翼運動に参加することでもありません。さきほど述べたように、現在それらにはロクなものがありません。右翼を選択するにせよ左翼を選択するにせよ、実際の運動は、そうしたものとは距離をおいて、独自に開始するしかないのです。
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そんなわけで、今のところ
現実的な選択として

左翼

へ立ちつつも
自分なりのスタンスでモノ申しながら
全く新しい概念作り苗床も確保しておきたく考えている次第

兎にも角にも
政治的なあやふやな立場を選択している
そこのアナタ

政治的な中立や無党派なんて有り得ないのでして
それを実現したいなら
尚の事、自分の立ち位置を明確にして
自分の活動によってそれを具現化するしか道はないのです。
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