変えられてたまるか

マッタク悪政の嵐が吹き荒る日々でありますが
昨日、終日聴いてるラジオで興味深い話しをしておりまして
その中であの裸足の無抵抗主義者

ガンジーの名言が出てきていて、なるほどな~
と思ったのがコレ

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あなたがすることのほとんどは無意味であるが、それでもしなくてはならない。
そうしたことをするのは世界を変えるためではなく
世界によって自分が変えられないようにするためである

共感なんぞマッタクしないハードコアなニーでありますが
コレには非常に共感を抱いておりまして

理不尽極まる悪政下
周囲と共闘はおろか共感すらクソ食らえでミドルフィンガーをおっ立てつつ
敢えてハードコアな無抵抗主義を貫いている(無反抗、戦闘放棄とは違うぜよ。むしろ逆)理由も
まさに上記なようなコト

今や絆や食べて応援な世の中へ迎合したほうが
生きる上で遥かにラクなんですが
人生豪快に棒に振った間抜けは、自分を変えるそっちのほうが遥かに苦痛
自分を変えて生きるくらいなら貧乏で野垂れ死にするほうがマシ

これは青臭く消極的なニヒリズムとはまた別次元で
どちらかと言うと積極的なスタンス
共感すらクソ食らえな裸足野郎が共感するなんてマッタク皮肉なんもんですが

富や権力を独占した為政者や権力者
その収奪にもいよいよ限界点が見えてきた証拠が
昨今の己の保身のためなら移民すら正当化する全体主義的な風潮

今後は間違いなく弾圧といえるレベルで自分のように自由や
もっと言うと、人生哲学や文化を尊重する(人権とは敢えて言わない)個人を
無理矢理にでも自己改造させ従わせようとしてくるに違いありません。

そんな自分を居酒屋甲子園で強制的に変えられるくらいなら
そんな社会では一切働きませんし
そんな世の中へ無理矢理にコミットするだけ無駄というもの

自分を変えられたくない

そんな自発的な意思によってのみ、世の中変えられると思っています。
(世の中変えてやる!なんてエゴイストとは付き合いたくもいですし)
しかし、KYが嫌で周りに自分を変えていくのがスタンダードな社会で生きてる以上
あいも変わらず、まだまだ孤立無援ですなあ(笑)

でもそれでいいと思っていますし悲観も一切していません。
元来そういう国民性ですし、それでうまく行っていた時代もありました。
しかし悪い意味で時代は変わったのです。

悪い方向で自分での地位や富を守り
従わない他人を強制的に変えようとする時代へと

いずれ、嫌でも本当の意味で”自分を守る”こと(個人を尊重すると言い換えても良い)が
世の中を変えることだと気付く日が来ると信じてます。
(それは皮肉にも移民によってもたらされるかもしれませんし)

それまでは、ド庶民のハードコアなニート
ガンジーのように裸足で行かざるを得ませんな

彼らが咲かす絆と呼ばれる全体主義的で押し付けがましい
気色悪い花とは違う
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孤立無援の花を咲かせながら

遍く照らし出す光へ
渋々歩み行く毎日へ
嬉しかれ悲しかれ道すがら
声高く歌はある
誰にでも

朝を告げるベルの鳴る頃は
夢は海の底に沈み行く

孤立無援の花、咲くばかり
明日の在りや無しや、知るものか

そぼ降る雨に濡れ帰り道
「過ぎ去りし夢だよ」と気取るなよ
その命、燃ゆるなら何時の日も
声高く歌はある
誰にでも

五時の鐘の音が鳴る頃は
夕闇に心を解き放つ

孤立無援の花、咲くばかり
明日の在りや無しや、知るものか

そして何時の間にか消えていて
氷細工の様に脆過ぎた
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