英雄は待つものでなく、なるものです。

最近ハードコアなニートめは世界一の村社会である

日本人の精神構造の分析

という
一見、面倒くさそーな作業へ微力を費やしておりまして

実際日々グルコースをそれなりに消費するほどシンドい作業なんですが
まあ、一般的な日本人とは距離を置くハードコアなニート

シンドいながらもその概要は簡単かつ正確に把握しつつあります

そんな最中ラジオを聴いていて
珍しく頷けるフレーズがありました。


それはというと

今の日本社会は水戸黄門がいない水戸黄門の世界

なるほど
勧善懲悪の水戸黄門には越後屋のような大悪党が登場し
最終的には水戸黄門という英雄によって毎回退治されますが

現実の日本社会は水戸黄門なき水戸黄門の世界

現実の日本社会には悪党を退治する
水戸黄門や半沢直樹のような英雄がいないので
徹底的に悪党はのさばり続けるのみ

それは今のブラック労働が横行する現在や
国家ぐるみで自滅するまで暴走したあの戦争などの歴史を見ても明らか


それがひっくり返るのは、日本人の英雄による自己改革でなく
いっつも外からの圧力によってのみ

それまでは一切自浄作用が働かない
徹底的に他力本願な村社会

それが日本人

それに文句があるなら自分で変えてみな?

って捨て台詞すら成立する
自分で動くだけ損な村社会が日本社会の本質なのでありまして

過去に2度
外圧によって歴史的な転換を果たした日本

その例を見てもいかに英雄不在な他力本願社会か理解できます。

その最初の例に当たる明治維新も
水戸黄門や半沢直樹でいうところの英雄にあたる
西郷隆盛は最終的に日本社会へ反旗を翻して敵対

そのあと西郷隆盛と袂を分け日本社会で権力を握った
薩長閥が日本を2回目の転換点である敗戦へ導いたのはご存知のとーり

そう、いずれの例でも日本社会は
ペリーやマッカーサーといった
日本人による英雄でなく外圧によってのみ
自由や人権や法治といった
近代社会の基礎となる改革が行われてきたわけでして

その外圧がくるまでは、徹底的に悪党を見て見ぬふりの
英雄不在な水戸黄門社会

悪党がのさばり続けても無視どころか
自ら手を貸し奴隷の鎖自慢大会をする
徹底的に他力本願な村社会

普通の民族や国ならいくらか自浄作用が働き
自己改革を成す英雄的な人間が少なからず出てくるのですが

この悪い意味で宗教なき国
その他力本願は全て天皇という存在へ集約され
徹底的に依存されるので
その自浄作用なき村社会は一般的な独裁政権をも超越するほどの暴走を果たし
神風なんてインチキな伝説まででっち上げて
ついには国家ぐるみで自爆攻撃を行うまでの異常性を発揮したのは
過去の歴史が全て証明しています。

だからこそ水戸黄門や半沢直樹といった
英雄へ憧れるのでしょう。

そんな一般的な日本社会の感覚から敢えて
距離を置く間抜けなニート

自滅する共感力より
自活するぼっち力がモットーのニートちゃん

そう、この日本社会で
真の意味での英雄になるには、相当な覚悟が必要

そんな日本社会の特殊性を完全に解明できている
ハードコアなニートですが、個人的に英雄なんぞになる気も能力もないですし
他者へ期待も一切しておりません(笑)

2度あることは3度ありますからね。

そんな待ってれば自滅確定の村社会で損な役回り演じるのは
TBS系列の役者くらいなもんでして
現実にはオススメできませぬ。


つーか、世の中には
3度目の正直という言葉もありまして
今度こそ日本社会が崩壊するか、史上初の自己改革を果たすか

その分水嶺なのは間違いなさそーです。

そして、英雄は待つものではなく
自分らでなるものだということも
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