公務員の処刑は大事だよ

えーココ最近、何かと話題になった

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こちらの処刑騒動

民主主義国家で生きる人々にとっては
奇異に映るかもしれない処刑

でもねえ、コレ

いわゆる綱紀粛正にとっては意外に

いや

必ずと言ってよいほど必要なコトでして

以前も書きましたが、公職へ就く人間
すなわち公務員に限定すれば、一見すれば残酷なように見える処刑も

一般人より遥かに高い倫理性が求められる公務員にとって
その職務における責任感と緊張感を植え付けるには
必須ともいえるのです。

以前も話しましたが、何も処刑でなくとも
この国の武士階級の間には
かねてから死をもって責任を全うする

切腹という、

政治的にも倫理的にも極めて大きな意味を持つ思想がや精神性がありましたし

公僕という一般人より遥かに高い安定した特権的地位につく人間にとって

命をも失う処刑による緊張感こそ
ノブレス・オブリージュをも全うする
まさに必要なコトであるのです。

これは切腹という思想を持っていた国の人間として
自信をもって言えるのですが

そういう一般人よる遥かに高い倫理性が求められる
特権的な地位につく人間が不祥事や犯罪を起こした場合

その責任をとるべく一般人の前で
たとえ公開処刑されたとしても
武士の切腹のように公僕という存在に限定すれば
人権という概念が確立されたこの現代においても
間違いなく民衆は恐怖どころか、拍手喝采を浴びせるでしょうね。

そんなもんです。

いくら民主主義や人権を進めたところで

特権的な地位を得る公職に就く人間に
そういう高潔な緊張感がなければ
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こういう問題も起きるわけでして


ある意味において、公務員には

そういう"恐怖政治"が必要なのです。

そもそも
国民への背信行為や犯罪的な行為を行った場合
命、
ようは
全てを失うという高い緊張感や倫理感

もっというと、処刑を
"恐怖"と感じる人間は、そもそも公僕には向いていないのです。

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そんな"恐怖"で冷や汗タラタラになる人間こそ
公職には不適切な人間

別に公僕として国民のため普通に職務を全うすれば
何の問題もなく、処刑なんか恐がる必要もないのですから

そういう意味とは全然違いますが、
今回の身内へも容赦しないという
北朝鮮の粛清劇は周囲へのアピール効果としては抜群でしょう。

まあ、反面クーデター派へは恨みを増幅させてしまい諸刃の剣ですが
統率という面においては一定の効果はあったはずです。

処刑を部下でなく、権力者のジョンウン自身が行い

「犬の処刑ごときに部下の手は汚させない!」
「汚名は全て自分が引き受ける!」

とかやれば、より完璧だったのですが
そこまでの頭はなかったようです(笑)

そう、

「犬にも劣る人間のクズ」が「卑劣な手段で国家転覆謀る」―張氏の処刑理由


犬にも劣る人間のクズ

という表現は普通に聞くと強烈でアレですが

まあ、こういうラング次官のように
公職にありながら汚職に励む

本当の意味での人間のクズとならば

ハナシは完全に別でして
民衆も納得するどころか拍手喝采でしょう。

でも一つ大事なのは、そういう存在を断罪する場合は
私情に駆られた私刑でなく
法治国家である以上、いや独裁制であっても
必ず法律に基づいて行うということ


北朝鮮の処刑騒動を
単なる恐怖政治と断罪するのは非常に簡単ですが
実は民主主義の我々も相手を笑えないどころか

堕落した公僕にとっては
処刑による緊張感こそ必要である。

という実に笑えない大事なお話しでした。
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